インクの特性を理解する
万年筆インクの世界は、多くの人がイメージする黒や青のカートリッジインクよりもずっと奥深いものです。現代の万年筆インクには、驚くほど豊富な色や性質、特殊な特性があります。これらを理解しておけば、普段のメモ書きから封筒の宛名書き、アート制作まで、目的にぴったりのインクを選べるようになります。
万年筆インクは何が違う?
万年筆インクは、ペン芯の細い溝をスムーズに流れるよう配合された水性の染料溶液です。油性で粘度の高いボールペンインクや、粒子とバインダーを含むインディアインクとは違い、さらさらとした流動性があり、詰まりにくく作られています。
水性であるため、万年筆インクは化学硬化ではなく、紙への吸収と蒸発によって乾きます。紙との関わり方も独特で、インクが紙の繊維に染み込んでいくのが特徴です。万年筆ユーザーにとって紙選びが大切なのは、このためです。
色と彩度
インクの特性で一番わかりやすいのは色ですが、色だけではわからないこともあります。彩度とは、紙の上で色がどれだけ鮮やかに発色するかということ。彩度が高いインクは深く豊かな色合いになり、低いものは淡くやわらかい印象になります。
彩度はさまざまな要因で変わります。インク自体の染料濃度、ペンのウェットさ(インクの出る量)、ペン先の太さ、そして紙の種類。吸収性の高い紙に太字のウェットなペン先で書いた場合と、コート紙に細字のドライなペン先で書いた場合では、同じインクでもまるで別物に見えることがあります。
InkPaletteなどのツールでインクを探すとき、画面上の色はあくまで目安であることを覚えておいてください。実際に紙に書いたときの見え方は、上記のような要因に左右されます。とはいえ、デジタルスウォッチはサンプルを買う前に候補を絞るのにとても便利です。
耐水性
万年筆インクの多くは耐水性がありません。水がかかると、にじんだり流れたりしてしまいます。日記やメモ書きならまず困りませんが、封筒の宛名書きや大切な書類の作成、水気のある場所での使用となると、耐水性が重要になってきます。
耐水性のあるインクは、紙の繊維にしっかり定着するための独自の仕組みを持っています。代表的なものをいくつか紹介します。
- 顔料インク: 微細な固体の色素粒子が紙の繊維に入り込んで定着します。Sailor Sei-bokuやPlatinum Carbon Blackが代表格。耐水性は抜群ですが、そのぶんこまめなペンの洗浄が必要です。
- 没食子インク: 鉄化合物が紙のセルロースと反応し、しっかりとした結合を作ります。Rohrer & Klingner SalixやKWZ Iron Gallインクなどが有名です。
- セルロース反応染料: 染料が紙の繊維と化学的に結合するタイプ。Noodler'sの「bulletproof」シリーズがよく知られています。
ヒント: 耐水性には段階があります。水で洗うとうっすら跡が残る程度のものから、完全に水没しても平気なものまでさまざま。耐久性が大事な場面では、本番の書類に使う前にサンプルに水滴を落として試してみましょう。
シマーインクとシーンインク
見た目のインパクトが大きいインクの特性といえば、シマー(ラメ)とシーン(色の輝き)。よく混同されますが、実はまったく異なる現象です。
シマー
シマーインクには、微細な金属粒子やマイカ(雲母)粒子がインクの中に含まれています。この粒子が光を反射して、紙の上でキラキラと輝きます。Diamineのシマーインクシリーズ(Enchanted OceanやGolden Sandsなど)やJ. Herbinの1670 Anniversaryインクが人気です。
シマーインクは中字(M)や太字(B)のペン先でこそ本領を発揮します。細字だと粒子がペン芯でこし取られてしまうことも。また、粒子が沈殿して詰まりの原因になるため、こまめな洗浄が欠かせません。シマーインク専用のペンを1本用意しておく愛好家も多いです。
シーン
シーンは、紙の表面に余分な染料がたまることで、ベースとは違う色が光って見える現象です。たとえばOrganics Studio Nitrogenは深い青のインクですが、鮮やかな赤銅色のシーンが浮かび上がります。Sailor Yama-doriはティール色のインクに、豊かなマゼンタのシーンが出ることで知られています。
シーンは、ツルツルで吸収しにくい紙(Tomoe RiverやGraphiloなど)にウェットなペンで書いたときに最もよく現れます。吸収性の高い紙では、表面に染料がたまる前に繊維に吸い込まれてしまうため、シーンが出にくくなります。シマーと違って粒子は含まれていないので、ペンが詰まる心配はありません。
没食子インク
没食子インクは、歴史上最も古いインクの配合のひとつです。ヨーロッパでは1000年以上にわたり、標準的な筆記用インクとして使われてきました。現代の万年筆向け没食子インクは、基本的な化学組成はそのままに、万年筆でも安心して使えるよう改良されています。
書いた直後は薄い色ですが、鉄化合物の酸化によって数時間かけてじわじわと濃くなっていきます。こうして生まれる線は耐水性があり、時間とともに美しく深みを増していくのが魅力です。自分の書いた文字が変化していく様子を楽しむ愛好家も少なくありません。
注意: 没食子インクは通常のインクよりもやや酸性が強めです。現代の配合なら万年筆にも安全ですが、日常的に使う場合は月に1回以上ペンを洗浄するのがおすすめです。没食子インクを入れたまま長期間放置するのも避けましょう。
乾燥時間、フロー、にじみ
乾燥時間
乾燥時間はインクによって大きく異なり、数秒で乾くものから30秒以上かかるものまでさまざまです。速乾性のインクは左利きの方や、書いた文字をつい手でこすってしまう方にとって心強い味方です。ただし、速乾性が高いインクほど潤滑成分が少なく、書き味がややカリカリと感じることもあります。速乾を謳うインクとしては、Pilot Iroshizuku Take-sumiやRohrer & Klingner Verdigrisなどがあります。
フロー
フローとは、書いたときにインクが「ウェット(たっぷり出る)」か「ドライ(控えめ)」かということです。ウェットなインクはたっぷりとインクが出て、濃く鮮やかな線になります。ドライなインクは控えめで、細く淡い線になります。フローはインクの粘度や表面張力といった配合と、ペン自体の特性の両方で決まります。ウェットなインクにドライなペン(またはその逆)を合わせてバランスを取る、という楽しみ方もあります。
フェザリングと裏抜け
フェザリングとは、インクが紙の繊維に沿ってにじみ広がり、文字の輪郭がぼやけたり毛羽立ったりする現象です。裏抜けは、インクが紙を貫通して裏面に透けてしまう現象。どちらも紙の品質による部分が大きく、Rhodia、Clairefontaine、Tomoe Riverといった万年筆向きの高品質紙なら、こうした問題はかなり抑えられます。細めのペン先やドライめのインクを選ぶのも効果的です。
万年筆に使ってはいけないインク
すべてのインクが万年筆に使えるわけではありません。種類を間違えると、ペン芯やペン先に取り返しのつかないダメージを与えることがあります。
万年筆には絶対に使わないでください:
- インディアインク — シェラックが含まれており、固まるとペン芯が二度と使えなくなります
- カリグラフィー用/つけペン用インク — バインダーや粒子の大きい顔料が入っていることがあり、万年筆のペン芯を詰まらせます
- アクリルインク — ペンの中で乾いて固まってしまいます
- ドローイングインク — 「万年筆用」と明記されていなければ使用厳禁
インクを選ぶときは、必ず「万年筆用」と明記されたものを選びましょう。定番の万年筆インクブランドとしては、Pilot Iroshizuku、Sailor、Diamine、Rohrer & Klingner、KWZ、Robert Osterなどがあります。
